非リアVSリア充

恋愛観とかをテキトーに書いていきます。どうぞよろしくね!!

同棲して1ヶ月半経った結果

今年3月に一緒に住み始めました。
 
 ☆物件
僕が一方的に決めました。家賃は東京では安いほうで3部屋で6万。駅から少し歩くけど、まぁいい運動になるのと車通りが少ないのが魅力でした。
 
 ☆生活
帰ったら一緒にご飯食べて、一緒にお風呂入って、一人用の布団に一緒に入って寝るという感じ。ハグとチュウは多めにするといいです。夜のアレの頻度は毎日。休みの日は家事を一緒にしたりすると楽しい
 
 ☆デート
散歩が中心。最近はまってるのが、近所の公園でアルティメットをすること。あとは図書館行ったり。
 
お金
生活費は13.3万。生活の満足度に対してとくに高いと感じず満足。エンゲル係数は26%と、他にお金をかけてない割には平凡なものでした。
 
消費活動
基本自炊。近所以外に遊びにいくのは月1くらい。日々の買い物はスーパーかドラックストア。その他、新聞はとらない、テレビは見ない、酒はしない、車は持たない、ショッピングはしない(必要品はAmazonで買う)、見栄を張らない。
 
食事
1回外食をしましたが、それ以外は全て自炊。食後は簡単なお菓子を作ってカフェをするのが楽しみ。
 
満足度
お互いに概ね満足。
 
分かったこと
会話ではプラスの言葉で締めるようにすると、関係がうまくいくような気がします。やはり会話は夫婦の命です。あとはプロパンガスが予想以上に高い。
 
これからの目標
この調子で頑張ります。

浮気が起こるただ一つの理由

ニュースなんかを見ていると、芸能人の浮気や離婚のニュースはとても多く、いつになっても絶えないものです。メディアが注目する芸能界であの様子ですから、きっと一般人の世界でも、残念な出来事は数えきれないほど起こっているのでしょう。もちろん、世の中にはすごく仲が良くて幸せそうな夫婦だってたくさんいます。彼らの相違点はいったい何でしょうか。

 

僕が思うに、浮気の根本原因は関係が危うくなったときです。今の相手では刺激がなくなったので、新しい相手を探すのが浮気だからです。「離婚」という結末になることもありますが、それは状況によります。浮気になったときはたまたま浮気という結果になっただけです。離婚も、いずれ新しい相手と結婚するならば、今の相手を諦めて相手変えたと考えれば、長期的に見て浮気とあまり変わりません。どちらにせよ、関係が危うくなったときは、アカンことが起こる序章となります

 

逆に、原因が分かればば対処はより簡単なものになります。関係が危うくなったときに起こるのならば、関係が良好であれば、残念なことにはまずならないと言っても、差支えありません。(もし関係が良好でも浮気が起こったなら、その人は最初から結婚すべき人ではなかったか、よほどのクズのどちらかでしょう。)

 

では関係が良好であるためには何をすべきでしょうか。前書いたことも大事と考えていますが、やはり専門家なども言うように、「夜に仲良くする」時間が最も有効です。日本人はとくに回数が少ないといいうことを聞けば、離婚率が高いこともなんら不思議ではないように思います。最後まで行かなくても、枕を一緒にしてイチャ×2するなり軽いものでも構いません。一緒に住んでるのなら、毎日やったほうが絶対にいい。

 

善悪どうこうの問題以前に、一人の相手と一生関係を深めていったほうが、人生楽しいに決まっています。少しでも万年続く素敵な夫婦が増えることを願ってやみません。

勉強が全くできない人は、何してもだめらしい

僕は基本的に勉強が好きではなく、家で1時間自習をしたら2時間テレビゲームをしなければやる気が復活しないという体質でした。しかし、僕が大学に通っていたときに、ある教授からこんな言葉を聞きました。

「勉強が全くできない人は何してもだめ」

この教授は元教員だった方で、生徒の傾向を見てそう思ったそうですが、そのはっきりした理由は結局話してくれませんでした(質問しとけばよかった)。ですが、最近その理由が分かった気がします。というのは、実際に僕の知り合いがその例を見せてくれたからです。

 

結論から先に言ってしまうと、学校の勉強ができないということは、インプット(授業)とアウトプット(試験)ができないということで、この「インプット→アウトプット」という作業は生涯で必要になるから、「何してもだめ」になるのだと思います。それを証明してくれた知り合いは、昔から勉強ができなかったといいます。いい年になった今でもたしかに、人からのアドバイスを正確に行うことがすごく苦手です。とにもかくにもインプットがままならず、何かを始めようとしても全くいらないことを本気で取り組んだり、途中であらぬ方向に行ったりする。そして最後は支離滅裂になって投げ出す、というパターンが多かった。これを見たとき、あの教授の言葉を思い出して「ああ、なるほどな..」と思ったわけです。

 

今思うと、中高生のころ大変いまいましい存在だったあの定期試験は、インプットとアウトプットの大変よい訓練だったことに気づかされています。試験勉強でインプットし、試験でアウトプットするという一連の動作は、社会で働いて実績を出すにせよ、このブログを書くにせよ役立つことだと思っています。社会人になっても勉強(インプット)をして、より多くの業務が可能になる(アウトプット)ことが求められますし、何か新しいスキルを身に着けたくなったときには正しくインプットする能力が必要になるし、ちょっとした文章を書くときも自分の思考を的確にアウトプットする能力が必要です。

 

生きていれば、インプットとアウトプットという動作を行う場面に数多く出会います。学校の授業の内容のすべてが将来役立たないにせよ、この「入力と出力」の訓練として、勉強は少しはしておいたほうがよさそうです。ちなみに僕は冒頭で述べたように集中力がないので、「試験勉強は30日前から毎日、一日1時間だけがんばる」という方法で対処してました。

お金に困る人の共通点

世の中不思議なもので、収入の多さとその人の余裕さは、なかなか簡単に比例しません。それなりの収入があってもカツカツの生活をしてる人が多くいれば、そんなに収入がなくても優雅に生きてる人も見ます。でもどちらかと言えば、圧倒的に見かけることが多いケースは前者の方です。職場の雑談では「まあ、なんとかやってます」とか「これこれに相当お金がかかる」といった話はわりと聞きます。一人暮らしの若手はとくにそうですが、家族持ちのベテランさんなんかも同じです。

  

個人的に、「お金がない」話をよくしたがる 人や、お金の話を嫌がる人には以下の二つの特徴があると感じています。

  1. お金の流れを把握していない
  2. 常にお金の心配をしている

つまり、お金の悩みを抱える人は物理的と精神的の両面でお金に支配されています。もちろん、本当にお金がないから上のような特徴を抱えているかといえば、とてもそのようには思いません。なぜなら、彼らを見ていると、たくさんのお金が入ったときは気分が高まり、景気よくおごったり趣味で〇万使ったりするなどの安易な出費をし、逆にお金が少なくなるとケチになります。経済情勢によって気分も使い方も変わるのです。

 

ではお金の悩みを軽減するにはどうすればいいでしょうか。上記とは逆に、お金を支配してやればいいのです。そのために必ずすべきことは、出費の可視化です。家計簿をつけるとかよく言われますが、実際は職場の付き合いによる外食ランチや飲み会でどのくらいの金額を費やしているのかなどは、なんとなく頭で計算しているにとどまっていることが多いのではないでしょうか。携帯のメモでも、エクセルでも、何にいくら使ったかを記録する習慣をつけておきましょう。

 

無駄を削減しても苦しい場合は、収入を増やすという方針をとればいいことになります。それでも、もし余裕があっても、この先のお金の心配をしているようでは、いまだに精神的にお金に支配されていることになります。必要以上にお金の心配をする人にはお金は寄ってこないように思います。

 

所有するお金の量によってその使い方が違ってくるのは、当たり前のことのように思いますが、果たしてそうでしょうか。収入が多ければ財布のひもがゆるむようでは、お金を支配しているには足りません。日本経済の循環を支えたいのならそれでもいいですが、個人的に余裕を持ちたいなら、お金の管理は少しでも行いたいものです。チーム全体を見れる人が優秀な監督になります。お金というチームをよく見て、正しい采配をふるいたいものです。

 

ちなみに僕はすべてエクセルで管理しています。何に使ったかがすべて丸見えなので、同居人も余分な出費を抑えようと努力してくれるようになりました。エクセルおすすめです^^

社会に貢献しない生き方

僕の親戚には、他者曰く「半分引きこもり」のような生活をしている子がいます。彼女はアルバイトもせず、ほぼ一日中家にこもってネットでお小遣い稼ぎをしているらしい。もちろん遊びに行くことなどないし、とにかく「消費」というものもほとんどしないそうです。聞くには、そんな彼女に家族はこぞって「働け」コールを浴びせているのだといいます。彼女のことを聞いた僕の親も意見は同じで、社会にもまれてうんぬんなどの論議を展開します。

 

これは一般的には当然のことでしょう。大人の年齢になったなら、働いて社会に労働力を提供し社会貢献をする。そしたら一定の月給を得て、プライベートの人間関係や趣味や自己投資などそれなりの消費をして過ごす…「そこそこ稼いで、そこそこ消費する」、これが典型的な社会人の姿であり、親もそうなるべきと考えるのは当然です。そしてこれでこそ日本の経済が循環します。でも僕は、こればかりはあまり家族と同じようには思ってはいません。むしろ社会に出る暇があるなら、ネットの収入を伸ばすべきだと思っています。

 

誰もが社会に出ることが必要かといえば、決してそうは思いません。なぜなら、社会も広い世の中の場所の一つにすぎないからです。いまやネットも大きな場所であって、ネットでお金を稼ぐには、ひと昔前よりかなり有利な時代であると言われています。一定の会社に雇用される生き方は、大多数の人が属しているがゆえに、あたかもそれだけが正しい生き方に見えるだけです。ではなぜ「雇用」が、大多数が取っている方法なのでしょうか。それはいうまでもなく、一定のお金を稼ぐのに最も簡単な方法だからです。なので僕はむしろ、彼女が雇用以外の方法でお金を稼いでいることが立派なことだと思っています。

 

もちろん社会人並みの収入がなければ、それだけ消費しなければいいわけです。みんなが「稼がない・消費しない」という生き方なら日本は当然終わりますが、まだまだたくさん消費し経済を支えてくれる人は多くいます。景気の低迷が続けば今後も消費しない生き方の人は増えるでしょうが、それでも本当に目立ってくるまでにはまだまだ時間がかかるように思います。

 

一人暮らしの場合うまくやれば年収100万円でも生活が成り立ちます。その子は今はお小遣い程度の収入とはいえ、今後もネット収入を伸ばし、社会にかかわらないで暮らすライフスタイルを確立するのも、なかなかいいのではないかと思うものです。ひっそりと期待しています。

モテないのにアイドル級の女性を求める知人…その理由を考えた

僕の知人には、いかにも女子に相手にされなさそうで実際にほとんど相手にされていない人が、過去現在を含めて10人ほどいます。関わった知人にこのような人が多いのは、僕自身もモテないからではありますが、それはさておき、そのモテない人にはある共通点がありました。それは彼らはみな女性の理想が高いことです。もちろん理想が高いから一人も付き合うことに至らないということではありません。女子に相手にされないのに、なぜか理想だけが高くなっています。彼らは決まって「好きな異性のタイプ」にアイドルや芸能人の名前を挙げ、そのような人(場合によってアイドル本人)と付き合いたいと言うのです。

 

その知人達の女性の理想が高い理由を考えてみると、彼らにははっきりした共通点が一つあります。それは異性の実態を知らないということです。彼らは兄弟に異性がいなかったり男子校出身だったりしますし、女子に相手にされないような人は当然、異性と会話する機会が必然的に減滅することになります。このように、身近な異性を通して女子がどういう存在なのかを知る機会が希薄だったため、女子の日常の姿を知らずに、メディアでの女性の姿を理想とするのです。

 

そして女性の理想像が高い人には、特筆すべきもう一つの特徴があります。彼らはかなりの確率で、女性を軽視していることが多いです。今いる身近な女性をディスったり、あるいは女性を性の対象としてしか見ていないように捉えられる言動があまりにも多いのです。とくにリアルの女性をディスる人は、自分の中で築かれてきた理想とのギャップを受け入れることができず、身近な女性の欠点を批判することで、脳内の「女性はいいもの」という像を守ろうとしているのでしょう。

 

付き合いたい人にアイドルや芸能人の名前を挙げるのは結構ですが、メディアに映る女性は、あくまで選別された女性の選別された姿です。自然とメディアの中の女性しか目を当てなかった彼らが、無意識のうちに高い理想を抱いてしまうのは当然です。異性と関わる機会を増やしたり、一度女子校出身の人や異性の姉妹を持つ人に話を聞いてみてほしいものです。(※もちろん、これらはあくまで傾向の話で、全員がそうではありません。)

"クソ上司"はいかにして生まれるのか

世の中には「クソ上司」と呼ばれる厄介な人たちがごく一部存在します。タイプはさまざまですが、イヤな上司はほとんどの会社に一人はいると言われており、ときおり他人の仕事の愚痴にてそのエピソードを聞くことができます。ところでこのクソ上司という存在は、なぜこんなに高い確率でいるのでしょうか。理由はさまざまでしょうが、日本の会社が「仕事ができる人」にリーダーを任せる、という風潮が一番の要因でしょう。

 

問題なのは、「業務をこなす能力」と「人を管理する能力」はまったく別だというのに、ただ業務の出来が良い人が優先してまとめ役にされ勝ちこという点です。周りより仕事ができると、その人の評価は上がり信頼を得て、やがて「お前こそふさわしい」と言った感じでより上の立場に出世されます。そこにはこの人に、人をまとめる等の素質があるかという考察は、ほとんど全くされていないと思わずにはいられません。

 

まとめ役に抜擢された「仕事ができる人」が、たまたまリーダーもできる裁量を持っていたとすれば問題はありません。しかし現実としては、すべての場合において「仕事ができる=人もまとめられる」という式は成り立たないでしょう。もしリーダーに不向きな人が「仕事のでき」で人の上の立場にされたならどうなるでしょうか。その人は、部下を正しく指導する裁量を持ち合わせていなくても、立場上人を管理していかなければなりせん。すると恐怖政治や、パワハラで人を動かすといった行いが、指導と取って替わることがあるのです。

 

ひと昔前に至っては、「仕事のでき」どころか「社歴」さえ積み重ねれば、ほぼ自動的に管理職に上っていく構造が多くあったといいます。いまだに見かける「仕事をしない管理職」が大量発生したのも、「社歴」だけで管理職に上げた結果という指摘も多くあります。

 

僕が前務めていた職場でも、係長に昇進する人に、なぜか最も忙しく業務をこなしている人が選ばれたということがありました。選ばれた方は人格的に嫌われる上司になるとは思いませんが、 他にも係長の候補となる人が2名いたことを考えるととても疑問に思います。ちなみに係長になった方は周りから「かわいそう」と言われているほど、多くの業務を抱えさせられていました。よく言えば、会社にとっての優秀な戦力です。ウエの人が言うには、彼には普段の業務を前を変わらずこなさせた上、少しずつ係長業務の負荷を与えていくのだとか…

 

人を管理することは誰もが簡単にすぐできてしまうことではありません。リーダーを選ぶには、業務能力以外の能力も考察するか、または人材開発部とかいう部署でマネジメントを専門的に行う人を配置するのもいいかもしれません。

恋愛関係が続く確率を10倍にする方法

結婚とは、熱病とは逆に、発熱で始まり悪寒で終わる。

byリヒテンベルグ

多くの場合、結婚したときの気持ちは時間の経過とともに冷めるといいます。「好き」という感情だけでは続かないということは、もう日本中のカップルが絶えず実証(とくに中高生が顕著)してくれてますし、またある婚活支援サービスの調査によると、離婚原因の最多が「性格(価値観)の不一致」だそうです。これは言い換えると、気持ちが合わなくなったということもできるでしょう。

 

ではなぜ、多くのカップルが大抵「冷める」という局面を迎えるのでしょうか。それはもう単純に、関係を「気持ち」に任せているからです。男女関係において常に事を成すのは、一にも二にも行動です。「気持ちが大切」とよく言われますが、これは間違いなく大嘘です。なぜなら、多くのカップルが気持ちでダメになってるのが事実だからです。実は気持ちはそれほど重要ではありません。

 

そもそも、人間の気持ちは非常に変化しやすいものです。一日の朝と昼と夜で、気分がそれぞれ異なるのが自然で、起きてる間はずっと同じ調子でいる人はそういないでしょう。長いスパンで見ても同じです。好きな教科や好きな球団は変わる人のほうが多いですし、年齢や環境によっても、常に気持ちは変化を続ける性質を持っています。

 

人の気持ちは変わるから面白いのであって、ずっと気持ちが単調な人ばかりではつまらなくなります。しかし、そのようなある意味不安定な「気持ち」に恋愛関係の主導権を握らせていたらどうでしょうか。言うまでもなく、とても安定はしません。

 

男女の関係の良し悪しは「気持ち」にゆだねるものではなく、いかに多く行動するかにかかっています。事実「偽善の行動」は「口だけの善」に勝ります。長く続いているカップルは例外なく、お互いが相手のために積極的にアクションを起こしています。感謝を伝える、プレゼントを贈る、奉仕する、一緒にいる…考えられるアクションを多く起こしていくと、関係は時間とともに深まるでしょう。

 

行動を起こす上では、自分の気持ちが乗ってるか乗ってないかはほとんど重要ではありません。気持ちを込めて行ったことが、そんなにウけなかったという事例はざらにありますし、逆にお茶の間になんとなく送ったメールが喜ばれたということも多くあります。気持ちが100%感染するようなことは基本的にはありません。気持ちは空気に触れた瞬間死ぬものと思ったほうがいいでしょう。

 

多くある人の結びつき方の中で、男女間の関係ほど気持ちが主導権を握りやすいものはありません。しかし「気持ち」だけに関係の存続をゆだねていては、その関係はとても不安定なものにしかなりようがありません。気分が乗らない日でも、相手に対して大なり小なり行動したか否かが、明日の関係を左右します。あなたは今日何をしますか。